【 水星の魔女】大成功に導いたのは「ツイッター占拠作戦?」
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「水星の魔女」というキーワードをTwitterでやたらとみかけた人も多いのではないだろうか? 昨年10月から本編がスタートした機動戦士ガンダムの新シリーズで、年末年始にかけてTwitterのトレンドを席巻。公式アカウントのフォロワー数も42万人を超えている。このヒットには、ある“仕掛け”が大きく貢献している
TVガンダムシリーズで初の女性主人公、しかも学園モノという新規性や、迫力あるモビルスーツ戦(プラモデルも売り切れが続出)など魅力の多い作品だが、それだけではない。
SNSが占拠されることで“流行っている感”が生まれ、多くの人と共有しながら作品を楽しむための環境作り。その方法を一言で言えば、全話配信をせず、昔ながらの方法で毎週1話ずつ放送することだった。
最初に流行ったのは、全話を一気に見るスタイル「倍速・タイパ」と呼ばれる視聴スタイルとは真逆のこの方法によって視聴者が最初に作品を見るタイミングをいわば強制的に揃え、SNSを占拠する。さらにSNSで言及してもらいやすくするための仕掛けも作品内に張り巡らせ、放送後のタイムラインをファンアートや流行りのフレーズで埋め尽くしてもらう。「リフレイン(繰り返し)消費」とも呼ぶべき体験が、明らかに意図的に起こされていたのだ。
2015年にNetflixが日本に上陸してから既に7年が経過した。Netflixのような映像配信サブスク・サービスが拡げたのが連続ドラマ・アニメなどを全話一気にみる「ビンジウォッチング」と呼ばれる視聴スタイルだ。ビンジ(binge)とは「どんちゃん騒ぎ」や「熱中」を意味し、1話1時間のドラマを10話×4シーズンぶっ通しで見るような視聴スタイルが拡大した。そのためサービス側は、人気があり、かつ話数の多いシリーズ作品を揃えることで契約者を夢中にさせて継続利用を促していくことに力を注いできた。
そんな中、日本のアニメは「ゲーム・オブ・スローンズ」のような大型実写作品に比べると1話あたりの調達コストが圧倒的に安く、サブスク・サービス会社にとって宝の山だと思われていた。
特にNetflixは、日本のアニメスタジオと次々に提携して「聖闘士星矢」や「攻殻機動隊」シリーズの新作を制作、Netflixの「オリジナル」作品として展開を行ってきた。1作品2億円以上かかる制作費のほとんどを独占配信権料としてNetflixが支払うことでアニメ産業にもメリットが大きい取り組みだった。2020年頃まで「アニメ市場が拡大」というニュースが毎年のように流れたのは、主にこれが理由だ。
しかし、そんなオリジナル作品の人気が出ない。昨年9月に配信開始され視聴数ランキングで上位に入った『サイバーパンク エッジランナーズ』(TRIGGER制作)などの数少ない例外を除いて、「ワンピース」などのテレビ放送作品には視聴数で遠く及ばない。
一方で『機動戦士ガンダム 水星の魔女』(以下『水星の魔女』)や『SPY×FAMILY』のように、テレビ放送された後にサブスク・サービスに「毎週1話ずつ」提供される作品は人気が根強い。待ち時間のストレスなく一気に見られた方がタイパも良く、人気が出そうなものだが、現実は逆になっている。
結論から言えば、現在のテレビアニメ消費において、一気見(ビンジウォッチング)する視聴者が増えることは少なくとも新作アニメにとっては効果的ではない。熱心な視聴者は作品を視聴するだけでなく、SNSを通じて感想や二次創作を共有すること自体を楽しみ、時にはそちらがメインになっていることさえある。
誰かの感想を見て、配信で気になるシーンを見直したりもする。この視聴者同士の連帯感や相互作用は、一気見では実現できない楽しみ方だ。本稿ではそんな視聴・消費スタイルを「繰り返し(リフレイン)消費」と呼んでおきたい。
飛ばし見どころか、見直すことも多いそもそもアニメのような物語系コンテンツに「タイパ」はそれほど求められていない。筆者が以前行った 学生へのアンケート調査でもそういう結果が出ている。
YouTuber番組のような情報系コンテンツならともかく(筆者も無駄に長い動画は早送りする)、情報密度の高い物語系コンテンツは早送りしないとダレる作りになっていない。『水星の魔女』も実に無駄のない構成になっており、もし早送りしながら観た人が居たら、SNSでの盛り上がりをみて慌てて、飛ばしたシーンを見直すハメになるだろう。
こちらの表は『水星の魔女』全12話+前日譚『PROLOGUE』についてまとめたものだ。筆者はテレビ放送をほぼリアルタイムで視聴し、その後のTwitterの動きも追いかけていたが、純粋に「物語としての見どころ」(伝統的な見どころ)と、SNSでいわゆる「バズる」見どころがハッキリと別のものとして用意されていたのが印象的だった。
公式Twitterアカウントも、何がSNSでバズるかを理解した上で、こまめな投稿を行っていることが見て取れた。
物語のなかに思わず何かを投稿したくなる「フック」を用意することで、物語の展開そのものやキャラクターへの共感とは別に、SNS上での楽しい体験を演出し、作品への好感度も高める。もちろん、投稿が増えればTwitterのトレンドとして注目を集め、未視聴の層への訴求も図ることができる。「スレッタ、忘れった」などの印象的なセリフで二次創作も含めてタイムラインを占拠し、歌のリフレインのように強い印象を私たちに残す。
意識的にSNSを巻き込むことで成功した「水星の魔女」『水星の魔女』の成功は、物語作品の価値は物語コンテンツの中だけでなく、TwitterのようなSNS、つまり外部を意識的に巻き込むことで何倍にも育てられることを改めて示している。他作品でも、NHKの朝ドラは平日の朝を、仮面ライダーやプリキュアなどのいわゆる“ニチアサ”は日曜の朝を、そしてNHKの大河ドラマが日曜の夜と、定期的にTwitterのトレンドを埋め尽くすものは多い。
SNSを巻き込むのは一般的な商品やサービスにおけるマーケティングではよく知られた手法だが、物語コンテンツを巡っては「せっかく作ったのに飛ばされてしまう」という印象論がまだ強い感がある。
「タイパ」を重視すると言われるいわゆるZ世代についても、最近の調査で明らかになってきたのは、彼らは何がなんでもタイム=時間を節約したいわけではなく、パフォーマンス=効果を重視しているということだ。金銭的な制約が昔より厳しくなっているのは確かだが、効果が約束されているものに対しては時間の投資は惜しまない。『水星の魔女』におけるリフレイン消費もそれを示していると言えよう。
面白い物語コンテンツは飛ばされないし、仮に飛ばされてもまた戻ってきて見返したくなるような仕掛けを作品の内部、外部の両方に用意しておくといった対策を取る方が合理的なのだ。
(まつもと あつし/Webオリジナル(特集班))

(出典 news.nicovideo.jp)
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